
| ADHDって、知っていますか。 私の息子(小学生)はADHD(注意欠陥/多動障害)という 軽度発達障害児です。 こんな子も石狩で頑張って生活してますと言いたくて… 日頃の出来事を綴ってみたいと思います。 BY 石狩のADHDのママ |
| 第33回 反省はしなくていい なんだか「は???」ってタイトルつけちゃったけど(^▽^;) ADHDのママですm(__)mご無沙汰しております(* v v) 管理人の橋本さんから催促の書き込みがありましたが 同時に書いておりましたのよ〜オホホホ(^^ゞ本当よ〜(笑) 先日、息子の通級先の病院に私一人で行ってきました。 月イチの通級と、3ヶ月に一回の保護者だけへの説明があるんです。 最近の息子について病院の先生に 「友人関係は…まあ…相変わらず言い張ったら聞かないとか こだわったらしつこい…なんてのはずっとあることなんですが それを周りの友達みんなが受け入れてくれてるので “ああ〜はいはいじゃあ○○がやっていいよ”的なかんじでうまく いっているようです(笑) 言い換えれば『たいして気にならない程度のゴネかたなので 許してもらってる』ってかんじでしょうか? (笑) でも息子にしたら大騒ぎや暴力なんてことで迷惑をかけなくなったので 大きな進歩なんですけど(*^_^*) ただ …やっぱり『忘れもの』はなくならないですね 自分が困るだけならいいのですが 人に借りたりとか迷惑かけちゃうので… もう少しなにか工夫できないかなと模索中なんですが… カード禁止とかペナルティでお金を取るとかやってみましたが 効果なしです…良い方法が見付かってない状態ですね」 と、一通り説明… すると先生は 「ああ〜〜罰則的なことを科して“しまった”と思わせれば 次はやらないだろうという普通の考えはねぇ… 意味ないですね〜(爆) だってお母さんADHDですよ!世間一般の普通のことが まかり通らないのですからADHDと診断されてるんです。 『反省して次に生かす』ことが出来るならADHDは誰も困らない ADHDは『反省』と『その次の言動』とは別の事柄です。単品なんです。 だからお母さんも切り離して考えて下さい。 反省させなくていい 反省なんかいらない だってもうずっと毎日反省ばかりしてきたでしょう? 必要なのは失敗しない環境作りと うまく出来たとき 誉めること それがやっぱり一番効果的ですよ。」 『視覚に訴えたほうがいい』と思い、 ペナルティで目に見えておこづかいが減っていけば 気をつけるかも…と… あ〜あ(T_T) 最近ちょっぴり親離れの息子…うるさく言ったり手を出しすぎるのは 逆効果だし何か良い方法はないものかしら? 息子の成長に合わせ手かえ品かえいろいろやってきましたが、 相変わらず私は今日もまたいろいろと模索中なのでした〜 うーーーん (>_<) 2009.7.7 |
| 第32回 納豆パック 年が明け… やっとコラムを再開したら「納豆かい」(ーー゛) というツッコミにも負けずに今年もダラダラと更新している 私を 許してねσ(^◇^;)。。。 何度も何度も 言ってきましたね…「誉めてあげましょう」 ハイそうです その通り… 私達は「何度か場数を踏んでくれば 人からいちいち言われなくても おのずと出来るようになります」ね または、1才のときは手で掴み食べだったけれど 発達の段階で「掴み」から「フォークを握る」になり〜 箸で食べ物を挟んで掴み、食べれるようになり〜 針に糸を通すことも出来るようになり〜 ダジバンダリ〜?…(*゜ー+゜)キラッ? ともかく、「だんだんと」出来るようになるのが一般的な成長の仕方。 では ウチの息子クンはというと…未だに〜「二人羽織り」状態なんです。 二人羽織り…前と後ろで人が一枚の羽織りを羽織って座り、 後ろの人が手探りで前の人の口に食べ物を入れてやるんですよ テレビなんかで見てると面白いですよね〜 それを息子クンは「一人で二人羽織り」しちゃうんです(笑) コップも箸もおわんも茶碗も同じ力加減でテーブルに置く… 目の前に並んだ食事の好物の一つに目が行くと その手前にコップがあろうが見えなくなるらしく、 手をコップに引っ掛け 倒し こぼす… 食べながら違うおかずに目が行くと、 もう次のおかずのことしか頭にないので、 食べてる最中のは口の端からポロポロ… 一番格闘するのが「納豆パック」 ADHDは「指先の微細運動」が極端に苦手…なんだそうです。 人の繊細な心を理解するのが苦手であり、 指先の繊細な動きも苦手なんですね リコーダーや木琴も針の糸通しも…苦手なんです。 そんな納豆パック…、キシキシ、ビリ、パチ、キシキシ、パリパリ… 破けてカケラもポロポロ出て、やっと開いたと思ったら あの小さい小さい 「たれ」と格闘です。 本人もこぼしたくないんです…指先は緊張のあまりプルプルと震え、 「うっ」とか「あぅ」とか言いながらこぼさないようにと加減すると 力が足りず 開かないんですねーー パパはそんな息子を横でイライラしながら見てて ついに 「なにやってんだよーいつまでもーうるせーなー(ーー゛)!」と 怒鳴っちゃうんです( ̄□ ̄;)ああー びっくりして「たれ」がピピピーーーと… なんてことを言うんだい…私は息子のところに走り寄り 「最近の納豆パックってさー石油高騰のときからなんだか 柔らかくなってない?私も最近うまく開けれないさー」なんて 言いながらちゃっちゃっと納豆セッティング! 「足りないぶんは醤油足しなさいね」 「うん…ママごめんなさい」「いいよいいよ」 (謝るのは怒鳴ったほうだと思うんだよ!ママはね) 通級の先生にそのことを話したら 「ああ〜苦手だと思いますよーー納豆パック(苦笑) お父さんに叱られるくらいならお母さんが開けてあげて下さい。 指先の訓練や自立のためにも本人にやらせたいところだけど 叱られる失敗体験が増えてしまうなら 本人には良くない体験ですから…訓練なら他のことで 出来ますからね (o^-')b」「はい♪そうですね〜」 パパの隣での納豆パックは私が担当します(爆) パパのいないところでは本人にやらせて、 こぼさなかったら、上手く出来たら、「いっぱい誉めてあげましょう」 2009.3.3 |
| 第31回 テーブル布巾でテーブルを拭く 布巾を洗い、絞り、広げてたたみ、テーブルのゴミを拭き取り、 また洗い、元の場所へ… ちっちゃい頃は出来なくても 少しずつ上手に出来るようになります。 毎日の生活の中で特にきっちりと説明しなくても会得していくもの… と、思っていたことは息子にとって ちゃんとイチから説明しなくてはいけないもの です。 「テーブルを拭いて」と言うと テーブル布巾をわしっと掴み、そのままテーブルへと持ってくので 「洗って」と言うとダンゴ状にした布巾の上から流水を当てるだけ… 「広げてゴシゴシして」と言ったら始めてゴシゴシこすり洗いします。 それが終わると再びダンゴ状に丸めて両手でぎゅぅ〜と握りしめます。 「握らないで広げてたたんで絞るの」と言うと ちゃんと絞ります。 テーブルへ行くと一応広げるのですがほとんどダンゴ状になったままの 布巾で四角いテーブルを丸くなぞります。 「広げてたたんで端から端まで拭いて」と言うと広げてたたんで 布巾の中央をわしっと掴み上↑下↓とこすります。 テーブルの上の埃や小さいゴミ(特に息子のおやつのカス) なんかは布巾からはじかれて別の場所に移動するだけです。 「テーブルを拭くのはテーブルのゴミを布巾で包み込んで取り除きたいから 拭くんだよ 跳ね飛ばしたら移動するだけで汚いのは変わらないじゃない」 と言うと「そっか」と言って今度は全てのゴ゜ミを取ろうと入念に始まります。 一つのゴミを布巾に包み込み、次のゴミも包み込んだら 最初のゴミが布巾から出てきてしまいます。「ああ!もう!」と言って また始めからやりますが同じ結果になります。 上手くいかないことが続くとだんだんイライラし、次からは 自分からすすんでしなくなるので 「いいよーありがとう」と言うと 丸まった布巾をさっさとキッチンの台の上に置き、 大好きなカードをつかみ、ソファーにドカッと座り込みます。 その時点でもう気持ちは完全にリセットされ、 100%カードに向けられて楽しそうにカードを眺めています。 なんの興味も持てないその作業はいくら教えても学習が難しく… 次の日にまた「テーブルを拭いて」と言うと テーブル布巾をわしっと掴み、またそのままテーブルへと… 同じことを繰り返し、そうそう誉めてね…誉めながらね繰り返し、 誉めては繰り返し…そしたら 「そんなに言わなくても分かってるって!」だと!(ーー;) はいはい すみませんね 毎回おんなじこと言ってね〜……ハァ〜 こんなんでいいのかしら?ADHDっ子育ては? こんなことでも時々キレそうになる私って…ダメダメ母じゃない? キレないお母様になりたいけど私ゃムリだ 「何回も何回も言ってんのに 毎回毎回おんなじこと繰り返してんのはダレじゃい!」 はい…こんな私でもなんとか息子に嫌われず母業やってます… だからみんなももっと自信持ってねーーー(^▽^;) 2008.11.17 |
| 第30回 大事なものの取り扱いかた 息子は 「大事なものは大切に使おう」という感覚が なかなか身に付きません。 私なんかは自分の大事に思っているものは手荒に扱ったりしないし、 どこに置いたか分からないようなことにはならないのですが、 息子は私と同じくらい大切にしているものも 手荒にテーブルに放り投げておいたり、何日も放置したり、 散らかして何個かなくなってもしばらく気付かなかったり、 ともすれば 上から踏んで歩いたり…(T_T) 「じゃあたいして大事じゃないんじゃないの?」と言われそうですが 本当に大好きで大事らしく、見当たらなくなったりした時は 大慌てで勢いよくバタバタと探しまわって号泣します。 「落ち着いて〜 どうしたの?」 「ないんだ!△△が!さっきから探してるのに!」 「…机の上とか、カバンの中は?」 「とっくに探したよ!この前まではあったんだ!」 「よぉく思い出してみて…最後に使ったのいつどこでだった?」 「分からない!分からないよ!どうしよう(泣)」 「じゃあママも一緒に探してあげるから…泣かないで慌てないで やりましょう」「うん…」 でもね…一緒に探すとわりとすぐ見付かるんです。 ADHDっ子の彼がどこかの奥の奥にしまうなんて… そんなこと考えるハズないですから… たいてい、机の上のプリントの山の間なんかに挟まってたりね 「あったーーー!やったーー!良かったーー!ママありがとう♪」 ついでに見たこともない算数のテストなんかも見つけてね 「あ…忘れてた…」 怒られなくてもいいとこで怒られてね…( ̄▽ ̄) 「ごめんなさい…」って一応言うんですけど もう見付かったもののことしか考えてないんで 「いつも部屋をきちんと片付けておかないから、ものがなくなるし、 探しても見付からないの…」なんてことを言っても… もう目の前にいませんから… そしてまた「あれがない!これがない!どうしよう!」と 彼の探し物の叫びが聞こえてくるのです(爆) 2008.8.26 |
| 第29回 おこづかい おこづかい…子供のおこづかい皆さんはどうしてますか? 我が家は…息子は今、小学5年生なので500円、 お姉ちゃんは中1なので1000円という 簡単な理由で金額を決めてしまいました。 その他にパパとの取り決めで 「テストで100点取ったら100円、パパがこれはぜひあげたいと思うほど 感動的なことがあればいくらかあげようかなーと思う」と なんとも治まりのつかないパパの偏見かつ自由な感覚で 価格設定されています。 こうも「超感覚的、その時の気分次第、ギャンブル的おこづかい」 というのはいかがなものか?と思いながらそういう私も 「まあ…パパとの取り決めだし、私がどうこう言うことじゃないからいいか」 と軽く流しておりました。 もちろんその間におじいちゃんおばあちゃんに会えば3000円、5000円と こづかいが増えていったのは言うまでもありません 前回も言いましたが、私はお姉ちゃんの中体連でシぬほど忙しく、 息子の一日のスケジュールも自分で聞いておきながら 息子の返事を聞いてないようなお粗末な子育てを 2ヶ月ほどやっておりました(* v v)申し訳ございません …んで…やっぱり放置は良くないですね 気がつくと息子の手元には大量の遊○王カードが!( ̄□ ̄;) 「なんでこんなに新品のカードがたくさんあるの?!」 「…買った…」「前にカードは1ヶ月に1回って言ってたよね」 「…だって…たくさん欲しかったんだもん…ごめんなさい…」 「いつ買ったの?」「おばあちゃんから5000円もらった時…」 息子の話をきちんと聞いてなかったし、放置してしまった私が一番悪い… そう思いながらも息子に言いました。 「おばあちゃんから貰った5000円っておばあちゃんが一生懸命 働いたお金だって知ってる?毎日毎日暑い暑いクリーニング屋さんで 汗だくになって働いても1時間700円だよ…お姉ちゃんと○○と2人に 5000円あげるならおばあちゃんは何日働けばいいんだろうね…」 そう言うと息子はすごくハッとした顔をしてみるみるうちに涙が…(@_@;) 「知らなかった…ごめんなさいごめんなさい…」と泣きじゃくりだしました。 人の苦労や痛みを前以って想像したり自分のことのように感じ取ることが とても苦手なADHDっ子の息子ですが いつの間にかきちんと考え、辛さを感じ取れるようになっていたんです。 そんな姿に胸きゅん…放置しっぱなしでママこそごめんね(T_T) でもそれはママからじゃなく、通級や友達との間で学んだことだね そのことがとても嬉しく感じた夏休みでした。 お姉ちゃんの中体連の合間に行った「ガトキン」 夏休み中、連れてってあげたのはそれだけでした。 とても嬉しそうにガンガン(笑)泳いで、 「ママ〜滑り台、一回300円って聞いたからオレ我慢したよ… でもさー一回だけ滑ってもいい?」 んんーーなんてかわいいんでしょ(#^.^#) ああーーいいさーー3回くらい行っちゃって〜〜 なんて太っ腹な私(爆) 2008.8.26 |
| 第28回 嬉しさと不安と… 「最近の○○くんはどう?」とよく聞かれます。 最近、暴れてる噂を聞かなくなったから みなさん逆に心配になってるのかい?(笑) 大丈夫よぉ〜今のところ特に何もなく…と安心してると ドカーーっと何かやらかしてたりするので 気は抜けない私がいますが、彼は無事です(爆) 運動会の騎馬戦では友達4人に支えられながら 上に乗り、「ボクを高く上げて!取るから!」と言い、 相手から一つ帽子を取ると仲間と手と手をパチンと合わせ 「やったな!」と…取られたら「ごめん」としょぼくれ励まされ… そんな様子を遠目で見ながら 普通の友達同士のやりとりが出来るようになったんだと びっくりして感動して… 毎日毎日学校から「ただいまーーいってきまーーーす」と カバンを室内に投げ入れ、私に顔を見せることなく自転車に飛び乗り、 瞬く間にいなくなってしまいます。(^▽^;) 毎日毎日 遊んでくれる友達がたくさんいて本当に嬉しいと 目を細めて見ていながら同時に たくさんの不安がいつもずっと心の中にあります。 今はまだ彼はやんちゃで元気な男の子…として見ていてもらえますが、 黙っていても彼は成長していき、思春期を迎え、受験や友情や恋愛や 仕事や結婚(相手がいればね(^^ゞ)や子育て… ひととおりのことを経験していくことと思います。 彼の障害と、彼の心の成長とがバランス良くかみ合っていけば いいのですが、世の中はきれいなことばかりではありませんよね。 自分のやっかいな障害を抱えながら、 様々な苦難とも付き合っていかなくてはならない…。 心が折れやしないかな…そんな時に助け合える友人はいるかな… キレて人のせいにして親が他人が社会が悪いとすさんでいきはしないかな… 「そんなこと障害がなくたってみんな心配してることよ」 そうなんですよね…でもでも…親は確実に子より先に逝きます。 「うちの子の面倒を一生見てください」と誰かに頼んで逝けるなら 心配などしやしませんよ…。なんてちょっとヒネてみる?(笑) 同じような障害を抱えるお母さん達〜!子供の将来を考えると 不安で不安でしょうがないでしょうが、それは私も同じです! 一人じゃありませんよ♪一緒に頑張っていきましょうね〜! 2008.7.11 |
| 第27回 気がつくと… 気がつくと5月も終わる( ̄□ ̄;)!! かなり放置していましたがADHDママファンの皆様 お元気でしょうか?←いないと思うよ(-_-)/~~~ピシー!ピシー! 最近のワタクシは、娘のお習い事に振り回され 老体に鞭打ち、バタバタと動き回り ぐったりだったんです… ごめんなさい(* v v)… さて、息子はというと… 学年が上がり、クラス替えがあり、担任の先生も替わり… 通級のクラスも 『2人で1時間コース』から『10人で4時間クッキング付きコース』になり ………なんだかとても楽しそうです(爆) 学校では「好きな人と同じクラスになれなかったよ」と 少々淋しそうに帰ってきたりしましたが 公園で偶然会って遊べたらしく小躍りしながら帰宅(笑) 「△△くんがオレの好きな子を蹴ったから 公園の隅のほうへ連れてって“ねぇもうやめて”って言ったんだ」 …って…隅のほう?その場ではっきりは言えないんだね(^^ゞ 「その子とも普通に話せたし♪楽しい一日だった」としみじみ… 通級も「おにぎりと味噌汁とぐちゃぐちゃ卵とウインナー作った! 協力して美味しく出来た!でもなんかみんなうるさくってさー 大変だったよー」と偉そう… これも学年が一つ上がった自覚(?)なんでしょうか? でも…残念ながら「勘違い・些細なミス・忘れ物・約束忘れ」は 悲しいですが彼がどんなに頑張ってもなくならず「ああまた…」と 悔しそうな顔をしますが私にいちいち 「あれはやった?これはどうした?」と 言われたくない年頃のようなので敢えて何も言わず放っておいてます。 何度も同じ失敗を繰り返す自分にイライラしたり呆れたり している姿はとてもかわいそうですけど…(T_T)ね そんな中でも毎日毎日夕方までずっと遊んでくれる友達がいることに 大きな幸せを感じています。 こうやって何気ない日常を過ごしていければいいんですけど… 先日、娘からこんな話を聞きました 「クラスの男子から“おまえの弟って知的障害あるのか?”って聞かれた… “知らな〜い違うんじゃない?”って言ったけど…」と… からかうかんじではなく「障害…なのか?」と遠慮がちだったそうです。 最近、「発達障害」「ADHD、LD、アスペルガー」という単語だけが 知られるようになってきましたが、それがどういう内容の障害で どんな支援を必要としているのかはまだまだ知られていないです。 家庭の中で「クラスに変わった子がいる」という話題も当然 あってもいいのですが、ただ「障害があるんじゃない?」と 言うだけでは「障害」かそうでないかの線引きだけで 障害がある子も健常な子も生活しにくいままで終わってしまいます。 線引きではなく、今の生活のしにくさを改善していくために 「どういう障害かを知る」ことからもう一歩進んで 「具体的にどうすればいいのか」を行動に移す… たくさんの親や地域の人、教育者に学んでほしいと思いました。 さあ…そこで私のすべきことはなんでしょう?…ね 今はナイ知恵と老化がかった脳みそフル回転して考え中です。 2008.5.21 |
| 第26回 三歩進んで二歩さがる 「もう大丈夫だと思うから 薬飲まない」と 言ってた息子ですが… 世の中そんなに甘くない…と言うことか ADHDは努力で克服出来るものではないと言うことか そんな簡単にはいかないものです。 薬絶ちをしてから3,4ヶ月くらいでしょうか? その間もちろん彼は努力し続けました。 しかし線のようだったその「努力」が続かなくなり 途切れ途切れになり点になり…その途切れた部分で 大きな失敗をし、自己評価を下げていきました。 自分の誕生日やXmas、お正月などの心ときめく行事は 大人でも浮き足立つものです… 薬を飲まず、テンションの高くなった息子はADHDそのもの の気質が全面に現れ、集まった周りの大人達も困惑させ、 そしてやっぱり叱られ続けました。 友達のちょっとした一言で叩く、怒鳴る… 不注意でお弁当をひっくり返し友達に分けてもらう恥ずかしさ 学校での出来事を興奮して説明してきますが 何を言っているのか全く理解出来ず何度も聞き返す私… ずっとピンと張り詰めたように気持ちを持っていかないと 次々にガラガラと崩れていき、焦り、困惑、悲しみにと 表情が変わっていきます。 たまらず私は「薬…飲んでいいよ」と言いますが 「いや いい!」と頑なに拒みます。 「どうして?飲んだらそんなに具合悪いの?」と聞くと 「だって…誰も飲んでないよ…だから飲みたくないんだ」 。。。。。。。。 障害 ってなんでしょう?。。。。。。。。 これは私の考えですが 些細なミスを何度もする、約束を忘れる、遅刻する、 空気読めない?そんなこと誰でもあります。 人間みんなありますよね。 ではなぜそんなことが障害と言うのでしょう? それは 「そんな誰もがあてはまるようなことが 日常生活に支障があるくらい頻繁に現れ、 当人も周りの人も生活が著しく困難になる」 から「障害」と言われるんだと思います。 私は息子に言いました。 「ねえ…○○は困ってない?今とても困ってない? 誰でもみんな失敗するし、得意不得意はそれぞれ違うよね ○○は自分の不得意なとこ自分でよく知ってて 直そうとしてすごいなぁと思うんだ… でも今それがうまくいかなくて困ってない? また薬飲んでみたら?そして落ち着いたらまたやめるって やってみたら?みんな飲んでないかもしれないけど ○○だけ飲んでたって別にいいんじゃない?♪」 息子は「ひーんひーん」と泣き、涙を袖で拭きながら こくこくと頷いて聞いてました。 努力が報われないという経験は辛いですが、 必ず違う形で報われているはず… 無駄な努力なんてないのです。 …今朝は薬を飲んで登校していきました。 2008.2.5 |
| 第25回 中の棚 と 告白 コラムを読んでくださってる皆様…遅くなりましたが 明けましておめでとうございますm(__)m 今年もあと何回書けるか分かりませんが…(^^ゞ よろしくお願い致します。m(__)m さてさて…平成20年の今年も、また通級から始まりました。 心理指導の先生と去年から一緒の同じADHDの子と3人で 「今年の目標」を立てたようです。息子の目標は、 1、注意する時は優しく言う 2、負けても怒らない 3、怒り・悲しみは中の棚にしまう でした。 言葉が足りなくて理解しづらいですが、 1、は友達の失敗や おふざけ に対して異常に強く反応し、 怒鳴るように注意して場を凍らせてしまうことを反省して 今年は優しく言うことにしたようです ……うん そうだね♪優しく言うほうがいいね ……と言うか先生が言うので〜 君が言わなくてもいいと思うんですがね( ̄▽ ̄) 2、はゲームや学校の授業で一番に答えを書くとか そういうことで 勝ちや一番にこだわり負けると泣いて怒り出すので そうならないように自制したいようです ……うん そうだね♪ゲームだからね いちいち泣いて怒られたりしたらみんな楽しくないもんね 3、は…… 怒って泣いて怒鳴ってしまうと友達もイヤなのが分かるので 怒り・悲しみは自分の心の中の棚にしまうことにしたようです。 心理指導の先生から 「かなりの進歩です。ADHDは『自分を客観的に見て、友達と比べて、 自分がどう動けばいいのか』を思いつくことがなかなか出来ず、 人間関係がうまくいかなくてみんな苦労しています。 『気付く』というのは大きな第一歩なんです」 と言われました。 息子は気付けたんですね そして 気付いて“心の中の棚にしまう”ことにしたんですね 辛いこと悲しいこと苦しいこと、矛盾、理不尽で許せないこと… みんな自分の中に閉まってしまったら いつか大きな爆発を起こしてしまう… そう心配になりながらも “作り笑い”や“涙をこらえる”ことを 選んだ息子の棚の中のものを… 少しずつでも取り去ってあげられたら… なんてうるうると思っていたら… 昨日、学校から帰ってきて早々に「どうしよう」って言うので 「えっ?!(;¬_¬) 」また何かやらかしたかと驚いてたら 「言っちゃった」「えっ?」「告白しちゃった」「えっ?」 「2人きりになるなんてことないから“どうしよう”って 思ったけど“言っちゃえ”と思って “ずっと前から好きでした!大きくなったら付き合って下さい” って言ったの!どうしよう!」って言うんです 「えええーーーーっっっ!」( ̄□ ̄;)なんてことを! …んで…大きくなってからって…今じゃないんかい?! と爆笑を必死でこらえ「で、なんて言われたの?」と 恐る恐る聞くと「少し考えさせてーだって」と…(爆) 大人のお返事でした…キモいとか無視とかじゃなくてよかった … でも…告白なんて〜なんて大胆! 彼の中の棚は… 日々きれいさっぱり リセットされてるかもしれません ( ̄▽ ̄) 2008.1.25 |
| 第24回 自信 「ぼくもう暴力しなくなったから薬のまないで学校に行くよ」 そうさらりと言いながら合鍵を首に下げ、帽子を被り、 学校へ行くため玄関へ急ぎます… 「えっ?ちょっと待って なんで急に?」 朝ごはんの片付けの手を止めて慌てて私も玄関に行きます。 背を向けて靴を履きながら 「だってさーカレンダーはずっと赤じゃん! あっずっとハンコ押してないけどさ(^▽^;)エヘヘ 昨日も叩かなかったしさ なんかもう大丈夫な気がするんだよねーだからさー飲まない!」 と言い、「行ってきまぁす」とさぁ〜っと出て行ってしまいました。 「ええ〜!ちょっとちょっと!」と外に向かって言いましたが 「いいからいいから♪」と後ろ姿のまま言いながら 走って行ってしまいました。 「あらら…いいのかなぁ?どうしよう… でも本人自信ありありなのにダメとも言えないし…」とちょっと考え、 「とりあえずしばらく様子を見てみましょう」ということにしました(^^ゞ その後すぐに通級があったのでその時は「今回は飲んで行こう」と 促して飲ませて行きました。 そして終わった後の心理指導の先生からは 「今日は一緒に遊んでる子のテンションがすごく高かったので ○○くんはイライラしてたんですけど“今日は薬飲んできてよかったよ” と自分で言ってましたよ(笑)“そっかー叩かなくて偉かったよ”と 言うと少し笑って“次は飲まないで来るから”と言ってました」と… 「最近飲まないと言ってしばらく飲んでないんです それで彼自身が大丈夫ならとてもいいことだと思うんですけど…」 「そうですね♪すごくいい状態ですね♪本人もちゃんと分かって 調整してますし、何より周りのたくさんの理解者がいてくれると こんなに変われるものなのかと嬉しく思いましたね〜」と話しました。 息子は『ADHD』という言葉も『リタリン』という言葉も知らずに 過ごしてきてますが、“自分”という人間を客観的に見て 何をどうすれば“生きやすい”かを考えながら生活してるということに また改めて気付かされました。とっくに手が離れていたんですね。 学校の先生にも話しましたが 「飲んでないとは気付きませんでした…特に変化もないようなので このまま見守りたいと思います」と言われ、学芸会も飲まずに やり遂げました…。 息子ならずとも「自信」って子供の頃は特に大事なんだなと 彼を見てそう思います。 「役に立つ」「必要とされる」「愛されている」ということを 「たくさんの誉め言葉」で実感することによって 子供達は大きく逞しく素敵に成長出来るのだと思うのです。 ダメですねー私は〜(^^ゞちょっと心配しすぎて 信頼するまでに至ってなかった自分に反省…(^^ゞ これからは…もう少し…もっともうちょっと少し後ろから… 彼を見て行きたいと思いました。 2007.12.7 |
| 第23回 リタリン 息子は小学2年生で診断を受けてからずっと薬を飲んでいました。 うつ病や精神病の方にも処方される“リタリン”という薬です。 一部新聞でも取り沙汰され知ってる人も多いかもしれませんね。 息子の病院からは 「○○くん自身も周りの人も困っている、彼の物事の過集中や逆に 注意散漫などのブレが少し穏やかになるだろうと思われる薬です。 決しておとなしくさせる、静かにさせる、動かなくなるという 効果があるわけではありませんし、個人差もあります。 当然副作用もあります。頭痛や倦怠感や食欲低下です。 一日一回一錠、効果時間は4時間くらいです。 使う目的は少し穏やかになって人の言葉が耳に入り、 理解して行動した時に褒めてもらい自信をつけてもらうためです。 そしてたくさんの褒められ体験から自信がつけば 自然に周りの人への暴力なども治まっていくと思います。 そうなるともう薬の助けはいらなくなりますので 薬も自然に減らしていきましょう」 と言われ、毎朝学校へ行く直前に一錠飲んで登校してました。 土日は家族とだけ過ごすことが多いので あまり飲ませてなかったのですが、 冠婚葬祭などに連れていく時は飲ませていきました。 でもそういう場所って飲食する機会も多いですよね(>_<) 薬を飲んでいる息子は美味しそうなご馳走が並んでても はぁ〜とため息をつき、「なんか食べたくないからいらないわ…」 と力なく話し、持ってきた本を読んだりします。 普段は「美味しいね〜美味しいね〜」と人一倍モリモリ食べる子が、 こんな美味しそうなご馳走を前にして「食べたくない」と言ってしまうほど 副作用の強い薬なんだなと思い、かわいそうなことをしてるな…と 胸がチクチク痛みました。(T_T) いろんな人からこの薬について話を聞きましたが、 驚くような話ばかりで耳を疑いました。 「一日一回って言うけどたった4時間でしょう? うちは受験勉強もあるのでしょっちゅう飲ませてるよ」とか 「飲ませるのを忘れたらすぐ学校の担任から電話がきて “今日飲ませ忘れたんですね!すぐ持ってきて下さい”とか “少し担任の私に預けて下さい! 忘れたらこちらで飲むように言いますから”とか言われるの」とか 「“運動会では必ず飲ませて下さいね!隣の子にいたずらするし、 すぐいなくなってしまって大変なんです”と担任から言われたけど 薬飲んで走るとロボットのように走りがぎこちなくなるから 当日はわざと飲ませなかったよ…」とか… 一部の大人達はリタリンを「静かにさせる道具」として利用するだけで リタリンを飲む子供達の辛さを少しも感じてくれてないのが悲しかった… 冠婚葬祭での息子の「ぼや〜っと力なくおとなしい」のは 本来の彼ではなく、そんな彼を見るのも辛かった。 「こんなになってでも飲ませなければならないのか…でも 今まで人の言葉も耳に入らず、暴力もひどかったし、飲ませてたから 問題行動や迷惑行動が減ったのは事実だし…」と モヤモヤと考えていたら…先日 突然息子が、 「ぼくもう暴力しなくなったから薬のまないで学校に行くよ」と 言ってきました。 2007.11.13 |
| 第22回 アルプスの少女ハイジ なんだかへんなタイトルですが(笑)最近テレビで “アルプスの少女ハイジ”をやってて毎朝それを見てから仕事に いくのですが〜ハイジってADHDっぽい子だなと発見したんです。 子供のころから何回も見てて大好きなアニメで、 今まではただハイジはかわいいとしか思ってなかったんですけどね。 先日の放送で、クララのお父様のゼーゼマンさんがハイジに 「冷たい水を持ってきて欲しい」と頼むとハイジは“冷たい”にこだわり 遠い遠い場所まで汲みに行きます。ロッテンマイヤーさんは ハイジはいつもみんなに迷惑をかけると怒ります。 帰ってきたハイジにロッテンマイヤーさんは頭ごなしに叱り、 ゼーゼマンさんは優しく理由を聞きます。 ハイジはただ迷惑な勝手な行動をしたのではなく、 ゼーゼマンさんが“冷たい水”を飲みたがっているからと優しい気持ちで 探し歩いてただけなんですよね。 教室での立ち歩き…先生からすれば授業が中断してしまう迷惑な行動 にしか見えません。腕を掴み、いけない!席に戻りなさいと叱ります。 確かに迷惑なんですけど、その子にはちゃんとした理由があるはずなんです。 “冷たい水”探しかもしれない…遠くの山を見たかったのかもしれない… 「いけない!戻りなさい」と言う前に 「どうしたの?どこ行くの?一緒に行ってもいい?」と 聞いてみたらいかがでしょ?ついていけば何がしたかったか分かります。 「ああそれを見たかったのね、したかったのね、分かったよ でも今は授業中だから帰ろう」でいいんです。帰らなかったら 「終わったら戻ってきて」でいいんです。 その子が先生は分かってくれると思い始めると少しずつ少しずつ… 先生のところに帰ってきます。必ず… 「そんなヒマはない」…確かに遠回りなやり方かもしれません… でも腕を掴んで座らせるよりもずっと効果があるはずです。 今はチームティーチングで教室に先生が2人くらいいるでしょう? だからきっとできるハズなんです。 私もついついロッテンマイヤーさんのように叱ってしまうことがあり、 反省ばかりの日々ですが、私を含め たくさんの人がゼーゼマンさんや クララやクララのおばあさんのように接することが出来れば 子供達はどんなに幸せだろうと思いながら、 毎朝かわいいかわいいハイジを見て仕事へ行く私でした。 そうそう息子は今朝、歯も磨かず、上の服も着ず、カバンも持たず、 まるで山下清のような格好で「いってきまぁす」と 出ようとしてました( ̄▽ ̄) 「うわっ!○○くん!歯磨いた?トレーナーは着た?カバンは?」 「あっ!…忘れてた…」テヘヘと笑う息子 「すごい忘れ方だね…」とトホホと笑う私… なんだかね〜(笑)の朝でした。 2007.10.12 |
| 第21回 テスト ちょっと小言ですが(笑)息子は“特別支援受給者証”という 保険証みたいなものを交付されててADHDの通院のためには それを提示しなければ通級などを受けられません。 先日、通級先の病院から「受給者証が10月で期限が切れて しまいますので、再度請求して下さい。それにはまた診断書が 必要になります。5250円かかります。」と言われました。 ADHDというのは通院なり通級なりすれば将来治るものでは なく一生続く障害なのに、受給者証は一年しか期限がなく 毎年更新し、手続きに毎回診断書を添付しなければ ならないなんて…ちょっと変だと思いませんか? そう思うのは私だけでしょうかね?役所仕事はそんなもんよと 言われればそれまでですが、年に一回でも5250円という金額は 我が家には痛い出費です(>_<)なんとかしてほしいものです<`ヘ´> さて、9月に入ってから通級先でまた診断テストを受けました。 息子の状態に以前と比べなんらかの変化があったかどうかの テスト…みたいです。息子は一時間ほど心理士の先生といろいろと 口頭で質問に答えたり何かを書いたりしてきたみたいです。 まあ…息子に聞いても「うーん話はしたけど〜よく分かんない」 って言われるだけなので彼にはちゃんと聞いてません(笑) テストが終わってから心理士の先生から一部内容について話がありました。 まず@、「エスカレーターに乗っていました。すぐ後ろに見知らぬ人が 立っていました。そしてあなたは自分の髪がボサボサなのに気付き 後ろの人に“櫛をかして下さい”と言いました…この中でなにか 変なことはありますか?」と聞いたら息子は 「すみませんが櫛を貸してもらえませんか?と言ったほうがいい」と 答えました。うーーーん…( ̄▽ ̄) 私達は見知らぬ人に突然 櫛を借りようとは思いませんよね。 しかし息子は家族でも見知らぬ人でもほとんど関係なく 話しかけたり笑いかけたり出来ます。それはいい時もありますが、 人との距離感というのが把握できてない表れのようで、 社会生活に支障をきたすこともあります。 そこを気付けないのがADHDなのでそこも少しずつ 場面場面で教えていかなくてはいけないです。 A、「帽子は何に使うものですか?」と聞かれると息子は 「頭を覆うこと」と答えました。 これも“帽子の用途”として解釈は間違ってないのですが、 答え方が質問にあってないです…そこに気付けません。 B、これはとても息子らしい答えでした。 「タイヤとボール、似ているところはありますか?」 「平べったいマル」「??どうしてそう思ったの?」 「タイヤもボールも半分に切ったら平たいマルになるから」 。(*゜.゜)(*。。)(*゜.゜)(*。。)ウンウン…息子らしいです(笑) 私なんかは「丸い、転がる、弾むところ」くらいの回答しか 出てきませんが、息子はもう一つ“切ってみる”ことを して似ているところを表しました。算数の計算でもそうですが 息子は周りの人達と一風変わった計算方法をしたりします。 @、Aは少しずつ教えていかなくてはいけない事柄ですが、 Bに至ってはとても面白く・個性的で・彼らしくて…好きです♪ 彼のような“一風変わった考え方”を私達は“変だ”と捉えてしまうと 彼らはそこで深く傷付き、そんな考え方を封印してしまいます。 それはとてももったいないことです。 そんな考え方も「おもしろいね♪ステキだね」と伸ばしていければ 彼らはきっとすごい力を発揮してくれることでしょう〜♪ もっと話して♪もっと教えて♪と これからも息子のおもしろい発言を期待していこうと思います。 2007.9.6 |
| 第20回 障害の告知 私は少し前まで 息子に ADHDであることを言おうと思っていました。 今すぐではありませんが、息子が人と自分の行動を比べ、 「何か違う、おかしいな」と気付き悩み始めた時が、 彼の心にストンと入る瞬間…と思っていたので その時は周囲との連携を取りつつタイミングを合わせ 告知することが、なにより彼の「生きにくさ」の解消に 繋がるだろうと思っていたからです。 しかし先日、ネットでADHDのことを調べていたら 「ADHDの息子を持つ母の手記」なるものを見つけ… よせばいいのに読んでしまいました。 そこには小4の息子が心無い担当医に「あんたがADHDかい?」 などと告知され自分が障害者なのだとパニックを起こし 飛び降り自殺をしてしまったと書いてありました。 とても他人事として読んでいられず、ショックが大きくて しばらく“プチ引きこもり”状態になっていました。 友人達からは「あの手記は教育、行政、医療関係者が 読まなければいけないものであって、 あんたが読むものじゃないよ」と強く励まされ 「私にはたくさんの心強い協力者がいる」と思い直し、 なんとか“プチ引きこもり”からは脱出できましたが、 今でもまだ心に強く引っ掛かり、すぐに思い出してしまいます。 同じADHDの子を持つお母さん達に話を聞いてみたことが ありますが「一生言うつもりはない」と言う人や 「なんで通級にくるの?なんで毎日薬飲むの?としつこく 聞かれるから言った」と言う人など様々でした。 最初にりんくるの巡回児童相談へ行った時 息子は 「どこへ行くの?なにするの?」と尋ねてきました。 私は「ママちょっと相談したいことがあって行くんだけど ○○くんにも一緒についてきて欲しくて…いい?」と聞き、 彼は「ふーん別にいいけどー」と言って一緒に行きました。 だけどそのあと、児相3回と今現在の通級と行っていますが 「どこへいくの?何するの?」と聞いてきたのは 最初のりんくるの時だけ… 「さあ行こうか」の私の言葉に「分かったー」と答えるだけで 何も聞いてきません。一言も… バスに乗り、地下鉄に乗り、病院まで歩き、その間彼は 色の違う石畳をぴょんぴょんと飛んだりしながら 黙って私の後ろをついて歩きます。 告知、告知と私が焦って考えなくても…彼は頭のいい子です。 分かっているのかもしれません。「察する」とか「空気を読む」 ということは出来なくても自分自身の何が困りごとなのかは よく分かっているからこそ何も言わずもくもくと私の後ろを ついて歩き、通級を受け、食欲が落ちて給食が たくさん食べられなくても薬を飲み、 努力を重ねてきたのではないかと思うのです。 普段は注意散漫で、忙しなく走り回り、暴言を吐いたりと ADHD特有の行動ばかりが目立っていますが、 最近は、その陰に隠れている本来の彼は勤勉で努力家 なのだろうと感じることが多くなってきました。 そんな彼を今は少し黙って見守りたいと思うようになりました。 2007.8.10 |
| 第19回 お姉ちゃんが泣きました…A 先日、お姉ちゃんが貸してくれた蛍光ペンを息子はなくしてしまいました。 お姉ちゃんは弟が物をなくすと「しょうがないなぁ」と貸してくれます。 何度もいろんなものを貸してくれて、 そしてそのほとんどのものを息子はなくしてしまいます。 「あ…なくしちゃったぁ!」と気にもしていないような話しっぷりに (本当は気にしてるのかもしれませんが私達にはそう思えないような話し方です ) とうとうお姉ちゃんもキレてしまいました。 「なんでいつもそうなの!なんでいつもうちばっかり我慢してるの!? なんで○○はうちに迷惑ばかりかけて平気なの!? もう○○なんて知らない!いなくなればいい!弟なんていらない! ○○なんて死んじゃえええーーっ!」………息子にしてみれば なぜだか突然お姉ちゃんが怒り出した… とりあえず「…ごめんね…」と謝ります。 しかし「うるさい!絶対許さない!死ねバカ!」と 泣きじゃくり取り付く島なしの姉… 私は「○○はなくしちゃうからもうお姉ちゃんに借りないで… 今日はもう寝なさい…」と自分の部屋へ帰らせました。 しばらくして泣くのが少し治まりかけたお姉ちゃん…でも少し ふてくされたように横を向いたままです。 私は「これ…見てみて…○○の“特別”な保険証だよ」と 息子の障害者用の保険証をお姉ちゃんに渡しました。 「私達はカードのような保険証一枚で病院へ行けるけど ○○はもうひとつこの保険証が必要なんだよ お姉ちゃんは○○に普通に接して普通にムカッときて 普通に怒ってるけど私達が普通に出来ることが 出来ないんだよ だから○○だけ障害者の保険証なんだよ」 お姉ちゃんはその保険証を見つめながら「わーんわーん」と 大声で泣きました。 今まであまり感情を爆発させたことのない娘が 「わーんわーん」と声を上げて泣く姿を見るのは本当に辛かった。 私も一緒に「わーんわーん」と泣いてしまいました。 私は娘に無理なことをさせてるのかな? 弟は障害者なんだからなんでも許してあげてと 言ってるように思われたのかな? それとも私の話を聞いて娘自身が我慢をすることを決めてしまったのかな? 私は泣きながらそんなことをずっと考えていました。 それからお姉ちゃんと私はいろんな話をしました。 弟のイヤなところは障害のせい、でもいいところは彼自身の性格だよ そんな風に都合よく考えてもいいと思うよ とか ママはお姉ちゃんと話してる時が一番心がリラックスできるよ とか… 話が前後したり、全然関係ない話に飛んじゃったりしてもずっと話し続けました。 考えてみればお姉ちゃんと二人っきりでこんなふうに長々と 話したことはなかったように思います。 いつもは話していても必ず息子がチャチャを入れたり 全然関係ない話をして割り込んできたりしてて話が途中で途切れていました。 ママとちゃんと最後まで話をすることさえさえぎられていたんだ… それをずっと我慢してきてて私もそのことに気付いてあげられなかった… 本当にごめんね… お姉ちゃん… これからもまたこんなふうにゆっくり話をしようねと約束しました。 今は毎週日曜日の朝、2人で一週間分の食事の買出しに行くのですが、 その時は思いっきり2人で“女同士の会話”に花咲かせてます♪ 2007.7.2 |
| 第18回 お姉ちゃんが泣きました…@ 息子には2才年上のお姉ちゃんがいます。 小さな頃から寡黙な子で ちょっと頑固で そして決して諦めない子です。 洋服の前ボタンを一個5分かけて小さな指で一生懸命かけてた子です。 癇癪も起こさずイライラすることなく一つずつ確実にかけて 全て終わると にっこりと笑い「終わった…」と小さく呟く女の子です。 そんな子の下に弟が出来ました。 上の子はヤキモチを焼くとよく言われますが、特にそういうこともなく お姉ちゃんは空気のように弟を受け入れてくれました。 そのうちに弟はハイハイをし、つたい歩きをし、よちよちと歩きだします。 そうするともう弟の天下です。 想像がつくと思いますが、お姉ちゃんがコツコツと作り上げたパズルを壊し、 一生懸命塗った塗り絵を破き、積み上げた積み木はゴジラのごとく破壊します。 お姉ちゃんは「やめてやめてー」と泣いて訴えますが容赦なしです。 こんなことは小さな子供がいればよくある些細なことでしょうが、 弟が産まれる前まではとても平穏に暮らしてきたので 突然怪獣が我が家にやって来た…というかんじになり お姉ちゃんにしてみればその生活に慣れるまでとても大変だっただろうと思いま す。 小学校に通うようになると弟のクラスの子達がお姉ちゃんのところに来ます。 「○○が叩いてくるからなんとかして」 「○○が△くんを突き飛ばした!叱って!」と “お姉ちゃんなんだから”と言わんばかりに姉に訴えてきます。 彼女に責任はないのに頼まれると断りきれず 弟に言いに行きますが、すんなり言うことを聞くわけありません。 「知らねーブス!バイバーイ」と捨てゼリフを吐き、ピューっと逃げてしまいま す。 そんなことが何度も続くとお姉ちゃんも辛いです。 今度は弟にいじわるをするようになりました。 兄弟ゲンカはしてもいいのですが、だんだんとエスカレートするいじわるに 「これはあまりいい関係とは言えないかも…」と思い、 ちょうど診断結果も出ていた時だったので思い切って弟の障害のことを話しまし た。 「みんなが当たり前に出来ることが出来なかったり、 みんなが当たり前に気付くことが気付けなかったり、 暴力や突拍子もないことをしてしまうのはみんな○○の性格の せいだけではないのよ…障害ということも関係してるの だからと言ってあなたに“面倒見てほしい”とは思ってないよ 学校の友達に○○のこと言われたら“私じゃなくて先生に言って”と言い、 あなたは行かなくていいんだよ ただ、普通に見えるけどみんなと同じことが出来ない時が多いということを 知っておいてほしいだけなの…いじわるはどんな時もよくないのは知ってるよね いい行いも悪い行いもみんな自分に返ってくるよ…やめようよ」 お姉ちゃんはただ黙って、時々こくりと頷いて聞いてました。 私の言いたいことは分かってくれたように思いましたが、 だからと言って急に今日からすぐ弟の行動を許せるとか 大目にみるとか…なんて出来ませんよね 親である私だって難しいですもの 相変わらずケンカばかりが続きましたが お姉ちゃんが“知っていてくれる”というだけで いつものケンカも前より少し心に余裕を残して見ていることが出来ました。 しかし…お姉ちゃんは…うまく言葉に出来ませんが、 いろんな思いを我慢してしまっていたのかもしれません… 2007.7.2 |
| 第17回 新しい先生になりました 担任の先生が変わりました。考えてみれば小学校に入ってから 毎年担任の先生が変わっています。私からしてみれば 毎年違う先生だと落ち着かないんじゃないかしらと思ったりするのですが、 息子は毎年違う先生を楽しんでるようです。 今年もまた個人懇談があったのでまたまたお話してきました。 新学期になって担任の先生が変わったと分かり、前の先生に お礼のメールをしました。本当にたくさんのことをして頂きましたから… 「新しい先生はどんな先生か分からないのですが仲良くしていきたいです」と 話したところ、「今度の先生はあなたのコラムを紹介したところ真っ先に 反応してくれた先生ですので大丈夫です」と言ってくれました。 コラム読んでくれてるんですって♪大きな声で言っていいのか分かりませんが 学校のパソコンの“お気に入り”に『いしかりGOネット』が入ってるんですって♪ 他の先生も“お気に入り”から引っ張って読んでくれてるのね〜と思ったら 嬉し恥ずかし♪…嬉しいです。頑張ります(^_^)v そんなふうに聞かされてたので今回はそんなにドキドキせずに会うことが出来ました。 いろんな話や息子を取り巻くエピソードなんかを笑いを交えて一通り聞きました。 「先生やクラスのみんなは息子の言動で困ったりしてませんか?」と 聞いたところ「○○くんはバランスがいいんです」と返ってきました。 「確かに誰かのじゃまをしたり、友達の言うことを聞いてくれなかったり しつこかったり…と、あるんですが、クラスの子供達はみんな “○○のこういうところはイヤだけど、でも、こういうところもあるよ”とか “あんなふうに言われてイヤだったけど、でも○○くんはきっとこう思ったんだよ”とか イヤだなと思う部分もあるけどいい部分もあってそこをちゃんと認めて 付き合ってるんですよね。○○くんはいいとこ悪いとこのバランスがいいんです。 悪いとこばっかりだといくら心の広い子でもイヤになっちゃいますもの。 だから○○くんは嫌われたりしてないんだと思います」 すごい!すごいクラスの子供達!息子と付き合っていくなかで ちゃぁんと『みんな違ってみんないい』をするりと受け入れてるんだ。 と思い、びっくりしてそして嬉しくて頼もしい気持ちになりました。 私達大人よりも柔軟で心が広い子供達…見習わなくては!と改めて思いました。 最近の息子は特に“自分が納得できないことはしたくない”という傾向が強く 家でも学校でも大人の言うことを聞いてくれないことが多いのですが 子供達の“柔軟で心広く”を見習って 「いうことをきかせる」のではなく「説明の仕方を変える」などして 彼が納得できるアプローチ方法を見出していかなくてはと思いました。 息子だけに限ったことではないのですが、一つのことを10人に理解してもらうには 必ずいつも10通りのアプローチ方法を用意すべきなんだと思うのです。 理解してもらいたいんなら、それが一番早くて確実な方法だと思うのです。 「あの人は分かろうとしてくれない」ではなく 「理解出来るように説明できなかった」と考えて こちらが対応を変えてみたほうが何事も早く、時間も有利に使えるはずです。 そんなことをふと考えながら先生に会釈して教室を出ようとした時、 「コラムUP楽しみにしてます♪」と言われました(^▽^;) うっ…痛いところをつかれました…頑張んなきゃ〜(>_<) ところで最近の息子と私の会話♪ 私「ねえねえ○○の好きな子ってまだあの子?」 息子「うん ずっとあの子だよ 誰にも言ったらダメだよ」 私「分かってるよ〜」 息子「かわいいんだよー近くにいるとさー胸がきゅぅううとなるんだよー」 だってーーo(><;)(;><)o笑いをこらえるのに必死の私でしたー^m^ 2007.5.16 |
| 第16回 「雨が降ればいいのに…」 このコラムをたくさんの方々が読んでくれています。 その中の一人の人が友人を通じて何かの雑誌のコピーを渡してくれました。 それを読んでみて「ああそうだ…そう感じる気持ちが分かる」と 思ったので書いてみます。コピーを下さった方、ありがとうございます。m(__)m そのコピーには発達障害の子を持つ母となった人達の切実な言葉がありました。 「エジソンも同じだったのよ なんて無責任な夢を持たせないで」 「あなたを選んで生まれて来たのよ なんて聞きたくない」 …ああそうだ…そうかもしれない… 発達障害を専門に勉強している人達は 自分の子供に障害が見付かり大きなショックを受けている(特に)母親に どんな言葉をかけてあげるべきかとても悩むと思います。 ネガティブな話題より、ポジティブな言葉をかけてあげたくなるでしょう。 だから「あの有名なエジソンも…」と言って励ましてみたり 「あなたを選んで…」という言葉が書かれたポスターなんかを 待合室に貼るのだろうと思います。もちろんそれは間違っていないのですが、 追い詰められ 深く傷ついてきた母親達には なかなかすぐには素直に受け止められないのでこんな言葉が出るのでしょう。 私が、「ああそうだそう感じる気持ちが分かる」と思ったのは まだ息子が2,3才で障害が分かってなかった頃、その頃私は毎日 「雨が降ればいいのに…」とずっと心の中で思っていたのを思い出しました。 まだ幼稚園に行く年齢ではなく、しかし体力をあり余している息子。 家の中だけでは到底満足できるはずもなく毎日出かけたがります。 行くところと言えば近くの公園ぐらいしかなく、 行けば必ず叩いた、突き飛ばした、のトラブルが多発します。 周囲の冷たい視線に耐え切れず公園ジプシーと化していく私と息子…。 人のいない公園、人のいない公園と探して歩くのはとてもみじめで辛いものです。 「雨が降ればいいのに…そうしたら雨降りだから行けないねって言える」 「仕方ないよ雨降りだから…お家でママと二人で遊ぼう」の言い訳が出来る。 春から秋にかけての天気のいい平日=私には憂鬱で長い一日、 雨が降ると「今日は行かなくていい」とホッと安堵する… そんな日々が続くと母親と子供はどんどん引きこもっていくんですよね… 同じようなお母さんを何度となく見てきました。 その人の気持ちは痛いほど分かるのに、その時の私は 声をかけることも出来ませんでした。 大丈夫 大丈夫 大丈夫…大丈夫ですよ♪ あなたの子供は悪くない。そしてあなたの育て方も悪くない。 誰も悪くない。だから大丈夫♪と言ってあげたい。 私のように顔で笑って心で引きこもる… そんなお母さん達にただただ「大丈夫よ♪」と言いたくて… ここでコラムを続けてる私です。 2007.4.20 |
| 第15回 気が散る自分を責める 息子が1年生のころ算数の授業参観がありました。 低学年は「算数セット」というものを使って勉強します。 色とりどりのおはじき、数え棒、カードがあります。 そんなおもちゃのような道具を使って算数は楽しいものと 教えていくんでしょうね。当然息子も早く使いたがっていました。 先生の指示で、皆一斉におはじきを机に出します。 6+4の足し算で10のかたまりにしていきます。 皆は一つにまとめて数えて10になってると確認しています。 息子はその作業をさっさと終え、おはじきを積み上げ始めました。 おはじきは中央に磁石がついているのでくっついたりはじいたりと とても面白いらしく、息子はもくもくとそのことに集中しています。 その間に先生から「では、16ページの問2をやりましょう」 と指示がでます。皆また一斉にノートに向かいます。 息子はその時ハッと我に返り周りをキョロキョロ見渡します。 出遅れた、指示を聞かなかったことに焦りパニックをおこします。 涙を浮かべ、自分の頭をポカポカ叩きます。隣の子が気付き 小声で“ここだよ”と指差して教えてくれても“いい!”と横を向き 目をゴシゴシこすります。『一番早い』『一番上手』にこだわりが 強いので自分が一番に取り掛かり、一番に終わらせたかったのに 自分の不注意で出遅れ、尚且つ隣の子に教えてもらうことに なってしまったことが悔しくてたまらないようです。 そこでもし、隣の子がまた“ここだって”などと言おうものなら プライドの高い息子は「うるせーばか!」と怒鳴っていたかもしれません。 私が学校に来ることを喜んでいた息子はきっと 「僕は、勉強だけは他の皆より出来るんだ。一番出来るんだよ」 と示したかったんでしょうね。 それを見せることが出来なかったので私と目が合うとさらに涙がポロポロ… そんな息子の異変に先生が気付き、すうっと隣に立ち、 人差し指で問2をトントンと指さし、またすうっと離れていきました。 息子はパッと切り替わり、涙をゴシゴシ拭きながら素早く問題を解き、 周りの子達を押しのけ先生の机の前に一番に並び、 涙の残る顔で私のほうを見て微笑みます。 ADHDはどうしても“今気になるもの・今やりたいもの”に 一瞬で気持ちが動いてしまい、他の事が目にも耳にも全く入らなくなります。 でも、実は息子は…私が彼を観察している限り、とてもまじめで勤勉な人柄のようで自分の中にあるADHDの特質をとても嫌っているようです。 「やりたくなかったのにまたやってしまった!なんでやっちゃうんだ」と 言わんばかりに自分を責め、涙を浮かべ自分の頭をポカポカ叩いたり 溜息をついてほっぺをペチペチ叩いたりしてしまうのです。 そんな息子を見るのはとても辛く、駆け寄って抱きしめ 「あなたが悪いんじゃないの!障害のせいなの!自分を責めないで!」と 言ってあげたいのですが、今はまだ説明しても充分な理解ができないのと プライドの高い彼は私に同情されるのをとてもイヤがるので そんな時は 「今日の夕食は〜○○の好きなハンバーグだよ〜ん♪」なんて 食べ物なんかでごまかしてしまいます(笑) でも、あと2、3年もすると もうそれも通用しなくなるかもしれないですね。 私に隠れて自分の部屋で膝を抱え泣いている息子を見かけてしまうと 今すぐにでも告知をして「一緒に頑張ろう」と励まして 同じ目標を持っていけたらいいのに…と思いますが 今はもう少し待たなくてはならないのがとても歯がゆいです。 今はとりあえず「ハンバーグだよ〜ん」な日々です。 2007.3.19 |
| 第14回 「結果」と「経過」 前回、「勝ち負け」にこだわる…ということを お話したと思いますが、この話には続きがあります。 このこだわりは彼が幼少の頃からけっこういろんなところで 問題になってしまう行動のひとつで、 私も その時々の担任の先生達も頭を悩ませていました。 息子が通級で通っている心理指導の先生に相談し、 彼との通級でのやりとりを何度か経験した先生は 私にこう言いました。 「今までは“叩かなかったね偉かったね”とか “100点取ったねすごいね”などと 彼の行動の結果だけを見て褒めてきましたが、 今度からは“あっ集中して宿題やってるねー偉いね”とか “毎日本を10ページずつ読むことを続けてるんだねすごいね” などと途中経過も褒めてあげるといいかもしれませんね。 途中で褒められたことで“今の頑張りは分かってもらえてる”という 安心感、充実感を得られれば思い通りの結果が出なくても 悲しい気持ちが和らいでいくのではと思うのですが…」 ああ…なるほど…確かに考えてみればわざわざ結果だけを選んで 褒めてたわけではないのですが、結果的には“結果”だけを 褒めていたことに気付きました…そうですよね。 「今のあなたの頑張り、ちゃんと見てるよ。偉いなぁと思っているよ」 と伝えなくてはダメですよね。子供が不安になっちゃいますもんね。 そうなると「じゃあ○○くんは途中も結果も褒められて〜 ずっーーと褒められっぱなし?」と感じる人もいるかもしれませんが いえいえ…(;^_^Aその倍以上、日々叱られていますよ ( ̄▽ ̄) 叱られることももちろん大事!ですもの〜でも、 叱られ叱られ叱られ…だった生活から 叱られ叱られ褒められ…になったんです。 「いいんだ、自分はこのままでもいいんだ」という自信がつくと 自然に心も柔らかくなっていきますよね。 ADHDに限らず、健常者の子供だって私達大人にだって 言えることだと思いませんか? ADHDへの接し方を学んでいくにつれて 人として成長していくには何が大事なのかという 基本的なことを思い知らされることが多いです。 「ちゃんと見てるよ、分かっているよ、それでいいんだよ、大好きだよ」 の気持ちと言葉をたくさんの子供達に伝えていきましょう。 まずは、あなたの子供から…♪ 2007.2.23 |
| 第13回 目立ってきた言動 さて…最近の息子はというと… 他傷行為はかなり減りました!というか ほぼ100%ないと言っていいくらいなくなりました。 人を叩くという行為だけはなんとしてでも止めてもらいたいと 思っていたのでとても嬉しくホッとしています。 だからと言って人とトラブルを起こさなくなったかといえば… 残念ながらそれは なくなってないようです。 他傷行為が減ってきたことにより逆に目立ってきた言動があるからです。 下記に書いた項目はADHDの子の対人関係によく見られる傾向です。 (文部科学省のHPより) ・ 友達より教師(大人)と関係をとることを好む。 ・ 友達との関係の作り方が下手である。 ・ 一人で遊ぶことや自分の興味で行動することがあるため、 休み時間一緒に遊ぶ友達がいないようにみえる。 ・ 口ゲンカ等、友達とのトラブルが多い。 ・ 邪魔をする、相手をけなす等、 友達から嫌われてしまうようなことをする。 ・ 自分の知識をひけらかすような言動がある。 ・ 自分が非難されると過剰に反応する。 悲しいですがほとんど全ての項目が息子に当てはまります。 そしてもうひとつ…息子は『勝ち負け』にもとてもこだわります。 友達と遊んでいても、勉強をしていても、 負けると悔しがり、癇癪をおこし、ひがんだり文句を言ったりするので 周りの人達は「ああまたか」と困ってしまうのです。 (今まではそれに暴力までついていたのですから… お友達は恐い思いをしていたと思います。) 勝つか負けるか、良いか悪いか、一番かビリか、0か100か… 彼の中ではどちらか一方で中間がないのです。 「ゲームはみーんな勝ったり負けたりするんだよ」 「一番に出来なくても答えが合っていればいいんだよ」 とその度ごとに説明してきましたが 「分かってるよ!分かってるけど!」と 言うだけで こだわらなくなる ということはないのです。 息子のクラスの子供達は、ここ半年ほどで 驚くほどの心と身体の成長を見せてくれました。 息子はというと上記のような一見幼く 幼稚と思えるような 言動が目立つため、どうしても彼だけ 精神的な成長が出来ていないように見えてしまうのです。 もちろん人それぞれ成長のスピードは違いますし、 息子もいろんな努力をして彼なりの成長をしてきました。 しかし上記のような困った言動が続けば どうしても息子を避けてしまう子は増えていきます。 「友情が育たない」と言われるADHD… それは親としてとても悲しく残念ですが、避けられない事実であり ADHDという障害の一番の難しいところでもあります。 だからといって「理解してもらえない。可哀想」と 嘆いてばかりいてもしょうがないので、これからも たくさんの人に「ADHDはこんな障害です。知って下さい。」と 言い続けていこうと思っています。 2007.1.18 |
| 第12回 見方を変えて見てみましょう 「うるせー ばか!ウザい!死ね!」と暴言を吐いたり、 すぐ手や足が出てしまうのはADHDだけに留まらず たくさんの障害のない子供達にも多く見られます。 「ちょっと待ってね」「あとにしなさい」「今はそれをやる時間じゃないでしょ」 と言ってもがまんできず、自分勝手な行動をとってしまい それを注意されると感情を爆発させて「うるせー ばか!」 と暴言で表現してしまいます。そんな時どうしますか? 「バカなんて言葉はいけません!」と その暴言に対して真っ向対決して「ごめんなさい」と 言わせるまで確固たる態度で臨む…?でも… その場では一応大人が言い負かして終わりますが 根本的な解決にはなっていませんよね。 結局子供は、自分は何が言いたくて何がしたかったのかが 相手に伝わらないまま言葉遣いだけを叱られて終わったのですから 不満だけが溜まってしまい、暴言の反省なんか出来ないでしょう。 確かに「バカ!死ね」なんて言われたら、いくら子供といえども 大人だって傷つくし頭にもきます。しかし、落ち着いて見方を変えてみると 「待てない」「がまんできない」は、 「先の見通しや時間の見当をつけられない」 「代わりの行動に切り替えるのが苦手」ともいえるのではないでしょうか? そして表現やコミュニケーション力が乏しければ 苛立つ気持ちから「うるせーバカ!」という言葉しか 出てこなかったということも考えられます。 「先の見通しや時間の見当をつけられない」子ならば こちらから「こういう理由だから3分ほど待っててほしい」と 先にきちんと伝えればいいですし、自分の気持ちを言語化するのが 苦手な子であれば「どうしたかったのか何をしたかったのか」を その時の前後の状況や過去の体験を思い返して 何に苛立って暴言に繋がってしまったのかを一緒に考え、 「そうかぁ じゃあそういう時はうるせーじゃなくて あとこれ一つで完成するから最後までやらせてって言えばいいんじゃない?」 などと、どんな言葉で表現するのかを具体的に教えてあげればいいのです。 そしてそのあとで暴言に対しては 絶対許してはいけないことなので厳しくきちんと注意する。 これを何度も何度も繰り返しやっていくしかないのかな…と思います。 昔に比べると表現力やコミュニケーション能力が拙いと言われている 今の子供達。感情を爆発させるのではなく、自分の思いや要求を 言葉や態度で伝える力をどう伸ばすか…が、今の親や教育者の 大きな課題の一つであるのでしょう。………しかし! こんなことを書いてる私も息子に「ムカつく!バカ!」 なんて言われると「にゃにぃー!」と追いかけ回したりしてます(* v v) そして子供が寝た後に「あ〜あまたやっちゃったわ…」と大きなため息。 真っ向対決ではなく、ちょっと見方を変えて冷静に観察、対処 しなければね…分かってても難しいですよね 障害があろうとなかろうと子育ては忍耐と努力?? 今日を反省して明日もまた頑張ろうの繰り返しの私ですm(__)m 2006.11.2 |
| 第11回 「曖昧な表現」と「人の気持ち」 視覚に働きかけるほうが効果が大きいということで 「カレンダーにスタンプ」をして息子は努力してきましたが、 逆に言えば目に見えないものは理解しにくいということになります。 これこそがADHDという障害なのかと痛感することがよくあります。 息子にとって理解が困難な「目に見えないもの」は 「曖昧な表現」と「人の気持ち」です。 例えば私が不機嫌な時、“しばらくほっといて”と 「曖昧な表現」をすると『どうして不機嫌か』ではなく 『しばらくはどのくらいか』のほうが気になり、 “しばらくって何分?3分?20分?”と 「人の気持ち」を考えず、ズケズケと聞いてきます。 (だから「部屋を片付けて」ではなく「本は本棚に」なのです。) 例えば友達のおもちゃを壊してしまった… 息子も当然 悪いことをしたというのは分かるので 「ごめんなさい ごめんなさい」と泣きそうな顔で謝ります。 友達としては壊されてとてもショックでいるのですが 息子が必死で謝っているのだからと悲しい気持ちを見せず 「いいよ」と許してくれます。そこで普通なら まだショックから立ち直ってないということは感じ取れますよね。 しかし息子は「いいよ」の言葉だけで心情を読み取れず 「ねえねえ 次何して遊ぶ?」とケロッとして言ってしまうのです。 結局 友達を2度傷つけることになり、私はとても辛くなります。 私は何度もこんな場面に遭遇し、びっくりさせられてきました。 「友達はああ言ったけど こんな気持ちだったんじゃないかしら」と 1から10まで細かく説明してみると「え?そうだったの?」と やっと理解してくれますが、また同じことを繰り返してしまいます。 「察する」とか「空気を読む」なんてことは「目に見えない」ものなので 理解することが難しく、そして友達からは「自分のことしか考えない」 「自分勝手」と思われてしまい特定の友人が出来づらいのです。 病院の先生からも「ADHDは友情が育ちにくい」と言われました。 そもそも、暴言や他傷行為のあるADHD子は、 言語やコミュニケーションの力が弱く気持ちの言語化が苦手なのですから、 そんな息子に「友情を育みなさい」なんて言うのは 無理な話なのかもしれません。 私は今までたくさんの友人と助け合い、励まし合いながら 生きてきました。その経験があって今の私が存在しています。 だからとても大事な「友情」が育ちにくいということを目の当たりにし、 専門家にはっきり言われてしまい、とても落胆しました。 そしてそんな人とのズレを息子はまだ気付いていませんが 成長していくにつれてそんな経験を重ねていくと 息子自身も気が付き、悩む時が必ずくると医師は言います。 その時、息子に… 「ADHDの告知」ということを私は密かに考えているのです。 2006.10.17 |
| 第10回 担任の先生 春になると学年が変わり、クラス替えがあり 担任の先生も変わります。 私は「今度の先生はどんな先生だろう “ADHDって言われても分からないから知らない” と言われたらどうしよう」と毎年ドキドキしてしまいます。 今の息子の担任の先生はとても頑張ってくれています。 (あっ!もちろん今までの先生もすごく頑張ってくれていましたよ!) 4月に入り、すぐ挨拶に伺ったのですが 「私も初めてなので、春休み中に本を読んだり ADHDの子を教えた経験のある先生に話を伺ってきました。 こちらこそよろしくお願い致します。」と言って下さいました。 とてもとても嬉しかったです。 そして1、2ヶ月たったころ個人懇談があり、お話をお聞きしました。 「始業式の日、体育館で並んでいるところで 小競り合いをしている子達を見つけ 他の先生に “あれ、うちのクラスの子ですか?”と聞いたら そうですよって言われました(笑)体育館から教室へ帰る途中、 その中の一人が壁をゴンゴンと蹴っているので “この子が○○くんかな?”と思い、最初から叱るのは イヤだったので背中をポンポンと叩いて教室に入りました。 入るなり○○くんが教室の電気をパチパチッと点けてくれたので “あっ!気が利くね〜ありがとう”と言うとにっこりと笑ってくれて そこから機嫌を直してくれました。 教室移動の時も“行きたくない”と私の机の下にもぐって 出てきてくれなかったので“○○くん花瓶の水取り替えてくれない?” と全く別なことを頼むと“わかったー”と行ってくれて 戻ってきたときにはすっかり機嫌を直し“じゃあオレ行ってくるわ”と すんなり移動してくれました(笑) 何かトラブルが起きたり うまくいかなくてイライラした時は、 視点を変えたり 対象物を目の前から排除することによって ○○くんはすぐに気持ちが切り替わってくれるということも 分かりましたし、私もとても勉強になります」 私は息子一人に対してバタバタ オタオタ\(゜ロ\)(/ロ゜)/ しているのに、先生は息子+40人弱の子供達をみているんですよね 頭が下がる思いですm(__)mとても有難いですm(__)m そしてさらに先生はこう言ってくれました。 「学校にいる間は私が責任を持ってみていますから お母さんはお家に帰ってきた○○くんだけをみていてあげて下さい」 その言葉で私は ずっと張り詰めていた糸がぷつんと切れて 身体がぽとんと地面に落ちた感覚になり、その時初めて私は 学校に行っている間でもずっと息子のことが 気になり緊張し続けていたんだということが分かりました。 『ああ…そうか…いいんだ…学校に行っている間だけ その間だけ…考えなくて心配し続けなくてもいいんだ…』 肩がすとんと下がり、大きなため息と そしてまた目がうるうるうるるる… 先生へ…いつも息子のことで落ち込んでいる私に 息子のいいところばかり書いた連絡帳を持たせて下さって ありがとうございます。息子も私もとても元気が出ます。 あとまだ半年余りありますが これからもビシバシと(笑) よろしくお願い致します。 2006.10.3 |
| 第9回 息子の頭の中 息子の性格とADHDの障害は絡み合ってちょっと複雑です。 「どこまでが障害でどこからが性格」なのか 分からないこともよくあるからです。 「見えない障害」と言われているのが納得できます。 なので同じADHDと言われる人達も十人十色。 息子のように乱暴なADHDの子もいれば 不注意だけ、多動だけ、衝動性だけが目立つ子、 ボーッと空想の世界に浸っているADHDの子もいます。 みんなそれぞれ個性と障害が絡み合って人格形成されているのでは? と考えたりします。 では私の息子の頭の中はどうなっているのでしょう? 息子が通級で通っている病院の先生はこんなことを言っていました。 「彼の頭の中では目に見えたたくさんの情報が ものすごいスピードで処理されていきます。 そしていろんなヒラメキが次から次へと浮かんでは消え 浮かんでは消え してるんでしょう。 学校で゛テストやドリルなんかさせるとよく分かりますよ。 IQも高いので計算処理などはとても早い、しかし立ち止まって 深くじっくり考えることが出来ないので些細なミスでペケを もらったりしませんか? 授業中も自分が先に問題を解いてしまう、周りはまだやっている、ヒマになる、 じっとしてられない、隣をつついてみる、椅子をガタガタさせてみる、 先生に注意される…ということでしょうかねぇ(笑) 善悪や人の気持ちが分からないわけじゃない。 今 目に映るもの頭に浮かんだものでいっぱいになってしまうから 対応が遅れ、人とのコミュニケーションがうまくいかないのでしょう。 彼はなんでも知っていてお母さんと同じように たくさん感じていますよ。」 ほほ〜っ なるほど…なるほどねぇ…なんて感心した私。 私なんかよりずっと頭の回転が速いんだ〜 疲れるだろうな〜なんて心配したりなんかして…(;^_^A 世界の歴史上の人物、発明王のエジソン や 坂本竜馬も ADHDだったと言われています。そう考えると息子も 紙飛行機を折って飛ばすのが大好きでよくやってるのですが、 左右の翼も均等ではないし、折り目もぐちゃぐちゃな その“へなちょこ飛行機”がじつに良く飛ぶので驚いたことがあります。 私も真似して折って飛ばすのですが、全くダメ… 「どこが違うの?ママのほうがきれいに折れてるのに〜」 と言うと「ここ、ここ!ここがポイントさ」と自慢げに指差すのですが、 これのどこにポイントがあるの?ってくらい ぐにょへちゃな飛行機なんです。 私のような凡人には分からない彼独自の緻密な工夫があるのでしょうか? 私から見た彼の頭の中は 不思議さと 面白さと 驚きと 計り知れない何かがあるように思えて 彼を見ていると とても興味深く、とても楽しいのです。 2006.9.15 |
| 第8回 ちびたえんぴつ 他傷行為の激しい息子でしたが、同時に 「忘れ物」「失くし物」大魔王でもありました。 彼が一年生のころは本当に「どうして?」というくらい 「忘れ物」「失くし物」オンパレードでした。 教科書、ノート、絵の具、鉛筆、消しゴム… 「なんか ないんだよねー」とケロッとして言う息子… 時間割を揃えてと言ってもノートだけしか入れてなかったり、 教科書だけだったり…指摘すると「おお!そうだった」 と言って2階へ取りに行くのですが、忘れて遊んでしまいます。 下から私が「○○くーん!続きは〜?教科書あったのー?」 と聞くと「ああっ!忘れてた!」と慌てて持ってきます。 朝、6本鉛筆を持たせても、帰ってきたら2、3本しかありません。 いつの間にか なくなってる と言います。0 のときさえありました。 学校に行ったら探してきてと言っても、それも忘れてしまうので 鉛筆は減る一方です。もちろん消しゴムも鉛筆キャップも… 私は20本30本と束で鉛筆を買い、6本になるように 毎日のように筆入れに継ぎ足してきました。 いったい何本買ったのか分からないくらい常に常備するようになり、 参観日には「忘れ物コーナー」と彼の机の中、 机の横に掛けてある道具袋をチェックするのが 当たり前になっていました。 当然、彼の筆入れに『短くチビたえんぴつ』などは無縁で、 見た事もありませんでした。 つい最近のことです。 「ママ!このえんぴつ〜もう短くなって削れないから 新しいの買って」と言ってきました。 びっくりして振り返ると彼の手には 短くチビたえんぴつが握られていました。ちょっと得意気に… 「えっ?短くなっちゃったの?」「うんそうだよ」 「短くなるまで使ったの?」「うんそうだよ」 「すごい!すご〜い!初めて見た〜!! ○○が短いえんぴつ持ってるなんてー!」と私は バカみたいにきゃあきゃあと大興奮してしまいました。 「でも赤えんぴつは1本失くしちゃったけどね ははは」 ………… ( ̄▽ ̄)( ̄▽ ̄)……… まあ…まあいっさーそういっぺんになんでもはね! 時々教室で、思い出したらえんぴつを数えるみたいです。 大進歩です!すごいねーすごいねー○○く〜ん と しみじみしてたら 「あとさーリコーダーもないんだよねーまっいっか! ないものは仕方ない」……!!( ̄□ ̄;)!! 「それは!それはダメ!死ぬ気で探せーー!!」 2時間後 無事、見付かりました… ( ; ̄ω ̄)ゞ まだまだ「忘れ物」「失くし物」大魔王の息子ですが そういえば最近は、束でえんぴつを買うことが すっかりご無沙汰していることに気付きました。 そして短くちびた彼のえんぴつをしみじみ眺め、 しばらく握り締めてた私でした。 2006.9.5 |
| 第7回 家庭での対応 息子がADHDの診断を受けてから 私の心も落ち着き始めました。 彼への対応を具体的に知ることが出来たことで、 もう闇の中を泣きながら手探りするような子育てを しなくてよくなったからです。 学校での対応策を教えてもらい 先生に実行して頂きましたが、 家庭でも やるべきこと、見直さなければいけないこと がありました。 息子には曖昧な言い回しではなく、的確な指示をすること。 例えば「部屋を片付けなさい」ではなく、 「本を本棚に順番にならべてね。終わったら教えてね」です。 息子は言われたとおりに終わらせて 「終わったよ!」と報告しにきます。 「おお〜すごい!順番どおりにならんでるねー」と褒め 「じゃあ次はロボットをこの箱に全部入れてね」 というようにひとつひとつ細かく指示し、いちいち褒めるのです。 ……面倒くさいですか? でも「片付けなさい」の一言では 息子は何をどこからやればいいのか分からず そのうち違う楽しいことに目を奪われ片付けられずに終わり、 結局私に怒られて泣きながら私と一緒に片付けることになります。 今まではずっとこのパターンでした。 これでは私はイライラするし、息子はまた失敗体験を積むだけで 何も解決しません。だったらひと手間あっても お互い気持ちよく出来るほうがずっとずっといいのです。 そして褒められたことを目で見て判るように カレンダーにスタンプを押すことにしました。 ADHDは視覚に働きかけたほうが効果が大きいからです。 息子に「今日から毎日 友達を叩かなかったら『良く出来ました』の赤いハンコ、 叩いちゃったら『残念でした』の青いハンコを カレンダーに押すことします。 1ヶ月ぜ〜んぶ赤だったら○○の好きな ガチャポンを1個買ってあげます!どう?やる?」と聞くと ハンコを押すという楽しい作業とガチャポンのおまけ付き があってか息子は「やるやるやる〜」と大ハリキリでした。 しかし…最初は青いハンコがたくさん並びました…(* v v) 息子は「…ごめんなさい…“残念でした”だね」と うなだれて青をポンと押します。 「そうだね。でも明日から一週間赤が続いたら 今日の青は取り消して赤に変わるよ。だから頑張ってね」 「えっ?ホント?分かった!」 ここで大事なことは残念の青がついても その後頑張れば赤に変わる…つまり 失敗してもやり直しがきく、大丈夫だよ ということを 分かってもらうためです。 彼は“わかっていてもできない脳”と 言われているにも関わらず、とても努力しました。 「悪口が聞こえそうになったら耳をふさぐんだ そしたら聞こえないから叩かないでしょ?」と言います。 なんだかへんてこりんな行動ですが 彼なりに叩かない工夫を考えて実行に移しているのです。 担任の先生からも「努力を感じますよ」との言葉がありました。 そうして少しずつ、少しずつですが カレンダーは赤が多くなっていったのです。 2006.8.23 |
| 第6回 通級と薬 やっと通級が始まりました。 私は“やっと”と思っていましたが他のADHDの子を持つお母さんからは 「あなたはとても早いほうよ。だって診断を受けるために予約の電話をすれば半年、一年は待たされることのほうが多いんですもの。 それから診断、通級までなるには一年半から二年余りかかる人がほとんど。 その間誰の支援も協力も得られず耐えてる人が多いのよ」 と言われ、とても驚き “私以上に大変な思いをしてる人がいっぱいいるんだ”と胸が痛くなってしまいました。 通級と言っても月1回、同じADHDの子2〜3人と1時間遊ぶ… という一見簡単なもの。でもそこは 同じADHDの子の行動を客観的に見て自分を振り返り、 人とうまくコミニュケーションをとるためには具体的にどう行動すればいいのかを 身を持って学ぶ場でした。 そしてそれと同時に投薬もありました。 “集中力を高める薬”で1日1錠、効き目は4時間。 副作用として軽い頭痛や食欲不振があるようです。 何のためか?息子を静かにさせるためではなく、 薬が効いている間は他に気が行くことなく勉強に集中出来る、 人の言葉や注意も集中して聞けるようになること。 そして何より大事なことは“集中して聞けたときに褒められる”こと。 病院の先生はこう言いました。 「これは担任の先生に必ず伝え、協力してもらって下さい。 @目の前に気が散るようなものを置かない (席を一番前にする、机の上は必要最低限のものだけにするなど) Aなんでもないこと、当たり前にやってること、または悪いことをしなかったこと を友達皆の前で褒めてあげる ここがとても重要です。ADHDの子は皆そうですが、 怒られる失敗体験ばかりで、褒められる成功体験はほとんどないです。 だから“褒められる”という成功体験を積むことで “嬉しい!次も褒められたい”と思い実行し、また褒められ自信を持ち、 それを繰り返すことで問題行動はぐんと減るんです」 なるほど!目からウロコがぽろぽろです! 早速、当時の担任の先生に報告しました。 その先生は同じ学年の他のクラスの先生にも協力をお願いしてくれ、 他のクラスの先生にも褒められるようにしてくれました。 そうして息子は少しずつ変わってきました。 今までは 人とトラブルが起こる→「だめ」の注意が聞けない→暴力→怒られる だったのが 人とトラブルが起こる→「だめ」の注意で止まる→オオゴトにならず解決 →“叩かなかったね!偉い!”の褒め言葉をたくさんの友達の前で言われるようになりました。 こんな簡単なことです。ちょっとした工夫です。 それだけのことで息子の問題行動は、病院の先生の言う通りぐっと減っていき、 周りの子達も心穏やかに生活できるようになったんです。 そしてこのことはADHDの子だけに通用することではなく 障害のない子達にも通じることだと思いませんか? 「北風と太陽」じゃないけど 怒って無理やり止めさせるより、褒められて自分から止めるほうが ずっと効果があります。 誰だって怒られるより褒められたほうがやる気が出ますよね そして褒める立場の私にもいいことがありました。 息子を怒る時はイライラして最悪な精神状態でしたが 褒めてるほうが気持ちが楽で心穏やかにいられます。 一日一回でいいです。何もなくても我が子を褒めてみて下さい。 自分のために!だって眉間のシワが目立たなくなります! 本当ですよ〜(笑) 2006.8.9 |
| 第5回 息 子 担任の先生の「心に響かない」の言葉から 札幌の病院へ通級に行くまでは8ヶ月ほどかかりました。 「巡回…」1回、月イチの児相を3回、やっと通院と思ったら また息子の生まれた時からの質問やADHDの詳しい説明… そんなほぼ8ヶ月の間にも息子は学校で問題を起こし続けます。 悪口を言われたと勘違いして相手を突き飛ばしたり 失敗を指摘されただけで掴みかかったり 自分が忘れ物をして隣の子が貸してくれないと 貸してくれない相手が悪いと泣きながらその子を罵倒します。 その場にそぐわない発言をしたり、仲良く遊んでいる輪の中に 乱暴に割り込んで引っ掻き回すものですから 周りはたまったものではありません。 でも自分は「わざとイヤなこと」をしてるつもりはなく、楽しそうだからと 入っていくとイヤがられる… なぜ?どうして?分からない…となってしまい モヤモヤとした気持ちから暴力へと繋がってしまうようでした。 何度となく私は幼稚園で、学校で、電話口で、頭をさげ謝罪してきました。 食卓テーブルで頬杖ついてため息…涙がポロポロ出てきます。 そんな私を見て息子は「ママ…ごめんなさい…」と言います。 何度も聞いた「ごめんなさい」 宙を浮いているようで…「うん…もうしないでね…痛いのは皆イヤだよ」 と何度も言ってきたセリフを静かにまた言います。 すると息子は突然「俺のこと…産まなきゃよかったと思ってる?」 と聞いてきました。 ぎょっとして目が点になり慌てました。 確かにいっぱい手を焼かされてきたけれども 「産まなきゃよかった」なんて考えたこともなかったんですもの。 「えっ?なにそれ…そんなこと一度も思ったことないよっ! そんなふうに見えた?」と聞き返すと 「そうじゃないけど…俺乱暴だからさ…」とボソッと言う息子… “わかっていてもできない” やらなければいけないこと、やってはいけないこと 叩かれたら痛い、辛い、悲しい…優しくされたら嬉しい、楽しい。 み〜んな“分かっていて” だけど “できない”障害 なんでそんな人から嫌われ誤解され理解してもらえない障害なんてあるんだろう。 それがなぜ我が子なんだろう。 母の死の悲しみもまだ引きずっていて涙腺が緩んだまんまの時に 「産まなきゃよかった?」の言葉で私は 「そんなこと思ったことない!思ったことないよ〜 そんな悲しいこと言わないでよ〜」と大泣き。 息子はびっくりしてオロオロして 「ごめんねごめんね」と言って2階の自分の部屋に駆け上がります。 私はすごい形相で追いかけます。 その顔を見て驚き、息子はベットにもぐりこみ目だけ出しています。 私は「ママは一度も○○を産まなきゃよかったなんて思ったことはありません! これからもないです!」と宣言。 息子は「分かった!わかったよぉ〜もう言わないよ…ごめんなさい…」 涙と鼻水でぐしゃぐしゃで仁王立ちの私はさぞかし恐かったでしょうね(笑) 私は布団を引き剥がし息子の顔を両手ではさみ 「ママはね、どうしたら○○が友達を叩かないで仲良くできるか いろいろ考えてんの。きっといい方法があると思うんだよ」 コクコク頷く息子の顔をさらにきゅきゅうとはさみ、おもしろい顔にしてから 「だからさ、○○もママと一緒に頑張って欲しいんだけど、 分かる?」 「わがっだぁ゛がんばる゛」とおもしろい顔で答える息子。 その顔を見てククッと笑いつつ “本当に早くしてあげないと、この子も周りの子達も辛すぎる” と思い、なかなか始まらない通級に苛立ちもしました。 そうして通級は雪が降り積もるころ、やっと始まったのです。 2006.7.27 |
| 第4回 ADHDの診断 息子がADHDの診断を受けたのは小学2年の頃です。 担任の先生の一言 「何を言っても(注意をしても)心に響かないのです」 そういわれた時、 「ああ やはりこの子は皆と違うんだ…先生もそう感じるんだ」 と幼稚園の時から「何か違う…いや そんなことはない」と 右往左往と思い続けてきた私の心を強く揺さぶりました。 「私は…息子が3才の頃から育てにくさを感じていました。 多動ではないかと考えていましたが どこに相談しに行けばいいのか分からなかったし、 周りの人も“そんなふうには見えない考えすぎ”の言葉もあり、 探すのもためらっていました…」 という話をし、りんくるの「巡回児童相談」を紹介されました。 「巡回…」で一通り話をし、札幌の「児童相談所」へ3回ほど行きました。 そこでは息子には一人指導員がついていろいろテストをしたようです。 内容は分かりませんが、遊びながら口頭で質問したりテストをしたり 絵を描かせたりしてたようです。 私は別室で息子が生まれてからの様子を細かく聞かれました。 普通分娩か帝王切開か、母乳かミルクか、寝返りはいつ頃か、 あやすと笑うか、目を合わせるか 手をひらひらさせる仕草はなかったか、 渦巻き、紐、道路標識への執着は? おもちゃを執拗に一列に並べる動作を繰り返すか? オウム返しは?等々… 必死に子育てをし、バタバタと過ごしてきた数年間を 細かく思い出さなければならなく疲労困憊… 終わる頃にはぐったり疲れきっていました。 そんな中、私の母が突然倒れ2日後にあっけなく他界… 強い悲しみの中 葬儀をして初七日が終わった2日後に 「息子さんはADHDです」という診断結果が出たのです。 「IQは2年生にしては高いレベル、衝動性がグラフに強く出ている…」 等々いろいろ説明されましたが 母の死、息子の将来への不安と奇妙な安堵感が入り混じって その場でぐすぐすと泣いてしまい、キチンと聞き取ることも出来ませんでした…。 札幌の病院に通級を勧められ、予約を入れて「…○○くん…帰ろう」と 息子に声を掛けたときの息子の目を見てハッとしました。 彼は私が泣いてる間も予約の時もずっと一人遊びをしつつも 不安な気持ちで私の隣にいたのでしょう。 何も言わず悲しそうな顔をして私を見上げています。 その顔を見たとき「辛いのはこの子なのに… 誰にも理解されず7年間もずっと辛かったのはこの子なのに 私は彼の“辛いよサイン”を何度も見逃してしまった 病院でも通級でも何でも受けていこう!泣いてなんかいられない」 そう思い彼をぎゅっと抱きしめて背中をポンポンと叩き 「終わった終わった さあ○○の好きなジュースを買って帰ろう〜」 と笑顔で言い、彼は「うん」と小さく頷き指導員に会釈をして児相を出ました。 帰り、私の運転する車の後部座席で息子はジュース飲み飲み 窓の外をぼんやり眺め、そのうち寝てしまいました。 その寝顔をバックミラーでちらちら見て、また涙がポロッと出ましたが 今までずっと周りに迷惑な行動をし続け、 そのたびに親からも周りの大人、友達からも怒られ続け 彼は“はぁい ごめんなさい”と言いながらまた同じことを繰り返す。 どうして怒られたのか分かってないのかな どうすればどう言えば彼は理解してくれるのかと 試行錯誤を繰り返し、それでも彼の行動は止まることはなかった。 八方塞がりで親としての未熟さを痛感し、 途方に暮れていたところに「障害の認定」は “ショック”でもあり“救いの手”でもあったのです。 2006.7.14 |
| 第3回 大人のADHD ADHDは「障害」なので大人になっても当然治ることはありません ただ多動の傾向は弱まるようなので「目立たなくなる」ことはあります。 何人かの大人のADHDの人が自分の障害についてブログを書かれているのを ネットで拝見しました。 ADHDという障害が聞かれるようになってきたのはごく最近のこと、 ちょっと前までは障害とは思われてなかったのです。 その「ちょっと前」頃に子供だったADHDの人達は自分の子供時代のこと をブログに書き綴っています。 ・単調な作業を長時間できない・忘れっぽい ・些細なミスをする・考えずに行動する ・落ち着きがない・時間や物の管理ができない ので「怠けている、不真面目、ちょっと気をつけたり努力すればできるのに!」 と親や学校の先生、周囲の人に叱責されたり軽蔑されたりしてきたそうです。 「宿題があったのを忘れて夜遅くまで遊び、寝るころになって突然思い出す。 慌ててやらなきゃと思うのだがどうしても机に向かえない…次の日は当然廊下に立たされる 周囲に「注意が足りない、怠けている」と怒られる 特に父親からは「だらしない」と叩かれ強く叱られた 思春期を迎える頃には友達は皆出来るのにどうして自分はできないのかと強く悩んだ 大人になっても相変わらず部屋は汚く、どこに何を置いたかも分からないくらい汚れているが片付けられない 片付けようとするのだが すぐ他に気が行ってしまい出来ないまま終わる。 ある日、本屋で「わかっていても、できない脳」という本を読んで衝撃が走る! まさしくこれは自分のこと! ADHDと分かった時、嬉しかった 自分が出来なかったこと、人に責められたことは自分の人間性の問題ではないと分かったからだ。 今は会社にも障害を報告し、薬を飲み協力してもらい良い環境で生活出来ている」 この方のように障害を前向きに捉え、克服出来れば良いのですが、自信や希望を失い、自暴自棄になったり、うつ傾向になってしまい深刻な問題を引き起こすケースも多々あるようです。 自分の子が 自信を失い、自分を低く評価し、うつむいたままの子供時代を過ごして欲しくない …ADHDじゃなくとも誰もがそう思いますよね 息子の悪いところは「いーっぱい」目につきますが(笑) その影に隠れている良いところもたくさんたくさん見つけて 「あなたはいい子だよ そのままでいいんだよ」と 言い続けていきたいです。 2006.7.4 |
| 第2回 思い出し笑い ちょっと戻って2〜3歳頃の息子の笑い話です。 私のブラウスを買うため息子と2人でデパートへ買い物に行きました。 2着ほど選んで試着室へ行きました。 左右からカーテンを引いて真ん中で閉じるタイプの試着室で 床は半円型で一段高くなっています。 息子は当然一緒に中に入れないとどっか行っちゃうか、 「ママー」と突然カーテンを開けられるだろうと予測していたので 「一緒にいてね。ママ着替えるからカーテン開けないでね」 としっかりお願いし、息子は持ってきたミニカーで遊びながら 「うん。わかったー」と言い座ってました。 そうして着替えてるあいだ中、ずーっと息子は 「ママきれいー ママすてきー ママかわいいー」と 前後に体をゆらゆらしながら連呼するんです。 おかしいやら恥ずかしいやらで 笑いながら「ありがとう」と言ったその時、 後ろ向きに背中から落ちたんです! 一段高くなっている場所からころんと! こちらから見ているとまるで映画の「八墓村」のひとコマ、 湖から足がにょきっと出ているあのシーンのように足がバンザイしたままで。 もうもう大爆笑です!そうして 「○○くん!大丈夫!?」と笑いながら 少し心配しながら引っ張りあげましたが それでも尚且つ「ママ…ママかわいいー」と床をよじ登りながら言うんです。 もうもうおかしくておかしくて試着どころじゃなくなってしまい 笑いながら「○○く〜んアイス食べて帰ろうか」と言い、 息子もケロッとした顔で「うん♪そーするー」 とアイスを食べて帰りました…。 結局ブラウスは買わずに…(^▽^;) 今思い出しても笑える話です。 2006.6.29 |
| 第1回 息子が赤ちゃんの頃のこと ADHDの子というと生まれた時からさぞや大変だったのでは?と思われがちですが、 息子とは生まれた時から2歳くらいまでとっても平和に暮らしてました。 驚くかもしれませんが 夜泣きがひどい、かんしゃくを起こし手がつけられない ちょろちょろ動いて危険…などADHDにありがちな特徴は息子にはなく、 むしろ 夜泣きもなく(寝始めに少し泣く程度すぐおさまる) 眠たくなったら一人で布団へ行って寝る 一人で夢中になって遊び、たまに思い出すと「ママ〜」と抱きつき満足すると また遊びに戻る といったかんじで昼間家で2人でいる時は本当にのんびり過ごしていました。 なんか違うと感じたのは「草木も嫌う3歳児」のころ 公園なんか行くとあっと言う間にあちこち駆け回り捕まえるのは大変o(><;)(;><)o 砂場で遊んでる子のおもちゃを取り上げたり叩いたり突き飛ばしたり… そのたびに謝って歩き、帰るころにはくたくたで公園恐怖症になりそうでした。 そのため幼稚園には早くから入れました。 地球は自分中心に回ってるのではないのよー!o(><;)(;><)o 友達と仲良く遊ぶためにはルールを守らなければいけないのよー!o(><;)(;><)o を学んでほしくて… でもやっぱりトラブルが多かった〜(ToT)/~~~ 叩く、突き飛ばす、蹴る、頭突きまで… 不注意から手提げカバンを振り回しあたる、物を投げてあたる、 走っていて人とぶつかる、相手に怪我をさせ、自分自身もよく怪我をしていました… このころに「ADHD」の文字が私の頭をかすめ始めました ある時先生があまりに傍若無人な息子に 「痛いお注射してもらおうか?そうしたら○○くん乱暴治るかな?」と言いました。 すると息子は「痛い注射する…そしたら治るんだよね?乱暴なくなるんだよね」 と言ったそうです。 先生は「○○くんを傷付けてしまった」と深く深く私に謝罪してくれましたが 私はここで「本人も善悪の区別がついているのだから、もう少し大きくなったら きっとよくなるだろう」と思って安心してしまったのです。 「善悪の区別がついているのに自分で行動をコントロールできない」のが ADHDの特徴だったのに…私は気付けなかった。 ここで気付いていれば、のちにADHDと診断を受ける数年間 怒ったり怒鳴ったりせずに息子に接してこれただろうに… 彼は怒られ怒鳴られっぱなしの幼少期を過ごしてしまったのです。 2006.6.27 |